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自分を教えてくれた仕事との出会い

大学在学中に志したファッションの夢。新卒入社後のキャリアステップとは

白木裕子(しらき ひろこ)
大学を卒業後、服飾の専門学校でマーケティングなどのファッション全般を学び2008年新卒入社。H.P.FRANCE BIJOUX大阪店店長を経て、現在はH.P.FRANCE BIJOUX銀座店店長を務める。

-本当に良いと思うものを丁寧に。素敵なものや空間を表現する人になりたい。

学生時代はどのような仕事に就きたいと考えていましたか?

実家が九州で鹿児島の大学に通っていました。両親が薬剤師をしていたこともあり、自然と理系の大学に進み、ファッションとは全く違う化学について学んでいました。休日は福岡の大名へ買い物に行くことが当時の楽しみで、セレクトショップに足繁く通っていました。大学3年生には友人たちと同じように就職活動を始め、企業説明会にも出向いたのですが自分の中でしっくりくる企業がなく、漠然と「ファッションを学んでみたい」という気持ちが生まれました。両親に相談し、最初は反対もありましたが、熱意に押されたのか「やりたいことをやってみたら」と応援してくれ、大学卒業後、服飾の専門学校に通うことを決意し大阪に。通っていた専門学校では洋服を作ることやデザイン、マーケティングなどファッション全般を学びました。専門職と呼ばれるデザイナーやパタンナーを目指す友人がほとんどでしたが、大阪に来て見たこともないような洗練されたお店や作品に触れ、「私が何かを制作しなくても素敵なものや空間を表現できる場所はある」と感じ、自分が本当に良いと思うものを丁寧に提案していきたいと考えるようになりました。生み出すことも魅力的だけれど、素敵なものをセレクトして発信していくというバイヤーの働き方や、お店作りで表現できる人の方が私にとっては魅力的に感じたのです。なので、就職活動もセレクトショップを中心に選びました。

ブライダルコーナーで使用しているレースのテーブルクロスは白木さんの手作り。服飾の専門学校で学んだことが生かされている。

アッシュ・ペー・フランス(H.P.F,)を志すようになったきっかけはありますか?

福岡の大名でお買い物をしていた大学生の頃に立ち寄っていたFrance et Carroll(現在のH.P.FRANCE Boutique)がH.P.F,を初めて知ったきっかけだったと思います。お店のスタッフが皆おしゃれで、カラフルな小物やアクセサリーが詰まっていて、他のお店とは違うと感じていました。大阪に来てからも、専門学校の近くのOPAにあったCONCENTO PARIS H.P.FRANCE(現在はハービスPLAZA ENT)が憧れのお店で、学生の私にとっては敷居の高いイメージがあったのですが、通りがかりにウインドウのディスプレイを見るだけでも…とよく帰り道を遠回りしていたことを覚えています。目指していた空間作りや、文化を伝えていくということがこの会社でならできるかもしれない。と感じH.P.F,を志すようになりました。

── 3本柱となりお店を支えていくという決意

新卒で入社し、今年で7年目。どのように成長してきたと感じますか?

新卒入社した2008年の10月にオープンすることになっていたH.P.FRANCE BIJOUX大阪店への配属が決まり、オープンするまでの約半年間はgoldie H.P.FRANCEやライチ、アッシュペーブチックや物流研修を経てオープンを迎えました。その後は現在までずっとH.P.FRANCE BIJOUX一筋。あっという間の7年ですね。配属されたH.P.FRANCE BIJOUX大阪店には、先輩の店長、サブが2本柱となってお店を守っていて、そこでしっかりとお店作りの基礎を学びました。2011年にH.P.FRANCE BIJOUX難波店(現在はH.P.FRANCE BIJOUX梅田店へ移転)のオープンに合わせて異動。2013年には再び大阪店へ戻ることになり、原点となるお店で再び働く中で入社当時は学ぶ姿勢だけだった気持ちが、自然と2人の先輩と並んで3本柱となりお店を支えることが目標になっていきました。

2014年8月には店長に就任。その時の心境はどんなものでしたか?

元々店長を目指していたわけではなかったのですが、今となって考えるといつ店長になっても大丈夫なように準備はしていたと思います。先輩の動きを見て判断し、すぐにサポートできる態勢でいようと思っていましたし、常に背中を見ていました。覚悟はできていたので、店長になると決まった時すっと受け入れられました。ですが、いざ店長になった時に、先輩が素晴らしいお店の柱となってくれている中、私が店長になることがお店にとって良いことなのかと悩みました。そんな時、事業部長の國吉さんとミーティングをする機会があり「信頼を得るために何をしているのか?どこからその信頼が来ているのか?」と尋ねたところ國吉さんからは「仕事以外でも、お休みの日でもスタッフやお客様のことを想っている」との答えが返ってきました。そこで感銘を受けたと同時に、私にもそれはできることではないかと感じました。

現在店長をしていて気を付けていることや、白木さんの中で変化していった考えはありますか?

店長になるまでの下積み期間が長いので、部下の立場の気持ちもよく理解しているつもりです。なので、スタッフ間で意見を言いやすい空気感や、聞く姿勢を持つことを常に心掛けています。また、これまでずっとH.P.FRANCE BIJOUXに所属していることもあり、店長になる前は「BIJOUX」が会社の全てのようなイメージで、あまり他の店舗や部署には興味を持つことができていなかった時期もありました。ですが、店長会などに参加するようになって大阪支局長や他店舗の話を聞くことで視野も広がり会社の中にある「BIJOUX」であると認識をして物事を考えられるようになりました。

── 1000組いれば、1000通りの幸せのかたちがある

BIJOUXといえば、ブライダルという印象が強いですが、白木さんはブライダル担当を長くされていますよね。接客の中で意識していることはありますか?

わざわざこの場所にご結婚が決まったお二人が足を運んできてくれたということへの感謝の気持ちと、結婚をされた後にも「ここにリングを選びに来たね」とデートの思い出となるように、常に良い緊張感を持ってお客様に寄り添いたいと思っています。先日、H.P.FRANCE BIJOUX大阪店のリングオーダー件数が1000組を超えました。1000組いれば幸せのかたちも1000通りあると思うので、それぞれのカップルに合わせた新鮮な気持ちで接したいという思いがあります。また、作り手の想いや世界観を伝えながらブライダルショップであるという部分を更に色濃く伝えていきたいと考えています。西梅田にあんなに素敵な空間が広がっているということをもっと知ってもらいたいですね。

ブライダル担当を務める白木さん。ディスプレイチェックにも余念がありません。

白木さんにとって仕事とは?

成長したいと思ったら、仕事に勝るものは無いと今でこそ思います。できないかもしれないと思っていたことが意外とできたり、思ってもいなかったところで落ち込んだり。仕事を通して自分がどんな人間か教えてくれたように思いますね。自分の想像力や、行動力を具現化できる場所なので、一回はやってみるという心掛けを大切にしています。

ジュエリーを着けた時の豊かな気持ちはお客様やスタッフと話をしていても感じられるので、H.P.F,はとてもロマンチックを感じられる会社だと思います。動けば動くほど自分の領域が広がっていくことを感じているので、いつもと違う風景の仕事もどんどんチャレンジしていきたいですね。そして、私もこれまで自分をバックアップしてくれてきた先輩たちのように、今、一緒に働くスタッフをもっともっとサポートし向上させていくことが今の目標です。



                                     

ピンキーリングは誕生石をあしらったCORINNE HAMAKのオーダーリング。

(取材・撮影:2015年8月)