OFFICE STAFF

自分じゃなきゃできない仕事の仕方がある

異業種からの中途入社スタッフ、キャリアアップの秘訣とは…

國吉 祐子(くによし ゆうこ)
大学卒業後、大手楽器メーカーに新卒入社、音楽教室の企画営業として活躍するも1年半で転職を決意し退社。2002年H.P.FRANCE BIJOUXオープニングスタッフとしてH.P.F,に中途入社、半年後に店長に就任。その後、2008年よりBIJOUX事業部長に就任。現在は全国のH.P.FRANCE BIJOUXを統括している

─この風景は来年は見ていない、風景を変えてやるって思った

國吉さんは早稲田大学第一文学部の出身ですが、学生の頃はどんな仕事をしたいと思っていましたか?

私は今思うと子供のときに母にいいものをみせてもらってたんです。大人が見るようなちゃんとした演劇や美術館など文化に触れる機会がたくさんあったので、漠然とそういう世界に興味があり、演劇映像があったこの大学を選びました。とはいえ1年次で遊びすぎてしまって結局、演劇には進めず英文学を選んだんですが(笑)。就活当時は不況で就職難といわれた最初の時代だったのにマスコミのような狭き門に気持ちが行き過ぎてしまって、何をやりたいのか分からなくなってしまい…それで好きだった音楽に関する仕事を探して大手楽器メーカーに進みました。

でも、新卒で配属された先は郊外の特約店。子供音楽教室の勧誘で団地を一軒一軒回ったり、名簿をもとに地道な電話営業をしたり。そうやって1件の体験レッスンの動員を取るのに毎日時間を費やす…。社会ってこんな風になってるんだ、1人のこんな地道な努力で大きな会社が成り立って行くんだと。でも、そこで見えている世界が腑に落ちなかった。なにか違う、この風景は来年は見ていない、絶対に結果を出してやろうって思いで仕事していた。それが前職での新卒1年目。

2年目は大人の音楽教室のプロジェクトに入り、そこではゴスペルやフラダンス、大人のためのピアノレッスンなど色々なコースを提案できて、企画職の一歩手前のような仕事がやりがいになって楽しかった。

─ 感動するポイントが共通している、そんな仲間が周りにいる

前職も今も國吉さんの働き方は変わらなく、いつも提案型で結果を残す仕事をしようと一生懸命で、だから周りからの評価も高かったと思うんですが、どうして転職しようと?

前職でも新卒ながら認めてもらえて、色んなアイデアもすぐ形にしようって皆で動いて下さっていたし、それなりに楽しかったんです。でも、女性としてこういう働き方をしたいって思える人が周りにいなかった。自分に対して刺激を与えてくれる人や世界の広がりはなく…、結局、約1年半で転職を決めました。

次の仕事にアッシュ・ペー・フランを選んだ理由は?

H.P.F,自体は大学時代にgoldie H.P.FRANCEでお母さんと買い物したり、商品は好きで知っていたんです。前の仕事を辞めようと思っていたときに美容師さんから「次何するの?」と聞かれて「一度やってみたかった販売をやってみて、それから次のステップ考えようかなぁ」なんて話をしていたんです。「じゃあH.P.F,はどう?」と言われて。
人事:ではその頃はH.P.F,でずっと仕事しようとは考えてなかったんですね(笑)。でも続いているのはなぜでしょうか?
國吉:共に働く人たちと感動するポイントが共通している、というのが大きいかな。お店の人たちの熱い気持ち、日々の感動に引きずりこまれたのかもしれません。お店って毎日お客様と感動を分かち合う場じゃないですか?同じ箱の中で、毎日異なる人たちが様々な思いや出来事を繰り広げている…その演劇にも似たライブ感が好きなのかな。

大学サークル時代からのお付き合いという仲良しの旦那さまとのプライベートの顔も。

─ キャリアは横に広がるものでなく、縦に積み上げるもの

H.P.FRANCE BIJOUX丸の内店のオープニングスタッフとしてまったくの異業種から入社し、たった半年で店長就任。迷いはなかったのですか?

前任の店長が別の店をやることになったので、「やってみて考えよう」という感じですんなり決めました。でもなぜ辞めなかったかというと、いつも次の責任が用意されていたからかも。ちょうど私が入社した時期が出店ラッシュだったのもあり、会社の拡大ラインと自分のスキルアップのタイミングが合っていたのかな。丸の内店以降1年おきに新店舗が決まっていきましたから。といっても、表参道店がオープンした数ヶ月後に、福岡オープンの話が決まったときは、さすがにストレスがピークでしたけど。
人事部:そうやってどんどんボールが飛んで来る中で「できません」って言ったことはあるんですか?
國吉:…ないかもしれない、記憶にないので。ただ、2008年のリーマンショックがあった頃、私は表参道・丸の内の2店舗の店長を兼任していたんですけど、行き詰まりを感じていたんです。仕事のキャリアを積みたいと思っていた反面、どんどん店舗が増えて店長・店長・店長っていうただの1つの建物が横に並んでいく感じで、コレってキャリアなの?自分の時間が2倍3倍に取られていってるだけじゃない?って。私はキャリアは横に広がるものでなく、縦に積み上げるものだと思っていたから、その積み上げるってことをもう少し追求したかった。それで最初で最後の決意で、辞めてもいい位の思いで「責任に対しては権限が必要、フィードバックが欲しい」と率直な思いを上司にぶつけたんです。結果、事業部長職を提案されて。それが30歳位、結婚して2年目の時期ですね。

事業部長としてヨーロッパや国内店舗を飛び回る日々の中でも、店頭で顧客様と過ごす時間を今も大切にしている。

─ 常に頑張る人によって会社の未来ができてくる、そこが魅力

なるほど。次々に飛んでくるボールをただ受けるだけじゃなく、戦うべきときは戦ってキャリアを勝ち取ってきたんですね。そんな國吉さんから、中途入社でキャリアアップを目指す人に、なにかアドバイスはありますか?

H.P.F,は世間一般の成功の基準とは違う魅力がある会社。なので、自分の仕事におけるプライオリティーを決めていないと、この大学を出てこの年収で店に立って…って、自分で納得していても他者にうまく説明できなくて悔しい思いをするときがある。でも、仕事の満足に対して自分なりの価値観とか基準があれば、この会社はすごくいいと思う。

國吉さんにとってのそれは?

他の会社に比べて、仕事を切り売りしてない点。例えば、お店であっても販売だけやっていればいいわけじゃなくて、次シーズンのことを考えながらターゲットを絞って顧客様にDM出して…とか、トータルで仕事をできますよね。だからこそその人の“人となり”が仕事に出るし、自分じゃなきゃできない仕事の仕方が何通りもある。それが一番魅力かな。

一つのことに対して専門性を深めるにしても、そのやり方にその人の色が出てくる。事業部長のようなマネージメントの領域でもそれぞれやり方が違って、それが事業部の色になって成功パターンになって、会社の5年後10年後の未来に貢献していける。こういうのは「人ありき」というH.P.F,ならではの魅力だと思う。じゃあその人がいなくなったらどうするの?って壁にぶちあたったりするけど、その時はその時で次の新しい人がどこかにいるし、その新しい人がまた次の会社の未来を創っていくから、常に頑張る人によって会社の未来が出来てくる、そこが魅力かな。

(取材・撮影:2012年8月2日)